あなたは、自分の全てを知っていますか?

 自分の性格、得意なこと、人からどう見えているか。改めて考えてみると、自分のことなのに分からないことは、意外とたくさんあります。

「たとえこの力の謎が、謎のままだったとしても……みんなを救う力になる! それが、わたしの答え!」

 第38話「くれあの答え」で、帆羽くれあは、自分に宿る力の謎について、こう言い切りました。ただ、この答えには、名探偵が謎を解かなくていいのか、と戸惑う声も上がっていました。そこで今回は、この答えを入り口に、『名探偵プリキュア!』がテーマに掲げる「本当の答え」とは何なのかを考えてみます。

今週の放送

『名探偵プリキュア!』第38話「くれあの答え」

2026年10月18日放送。あらすじは東映アニメーション公式サイトに載っています。データは precure.tv の第38話のページにまとめています。

謎がない人間なんていない

 自分について考えるときに役立つのが、「ジョハリの窓」という考え方です。これは、1955年に心理学者のジョセフ・ルフトとハリントン・インガムが発表した図で、二人の名前を組み合わせてこう呼ばれています。自分のことを「自分が知っているか、知らないか」と「他人が知っているか、知らないか」の二つで分けると、自分には次の四つの窓がある、という考え方です。

  • 開放の窓:自分も他人も知っている自分
  • 盲点の窓:自分は知らないけれど、他人は知っている自分
  • 秘密の窓:自分は知っているけれど、他人は知らない自分
  • 未知の窓:自分も他人も知らない自分

 この図が示しているのは、自分も他人も知らない「未知の窓」が、誰にでもあるということです。また、自分では気づけない「盲点の窓」は、他人の言葉によって見えてくることがあります。

 第38話のくれあも、未知の窓を抱えていました。あんなたちが出かけて静かになった事務所で、くれあは「どうして……わたしに、忘れられた種族の力があるんだろう」とつぶやきます。自分の力がどこから来たのかは、くれあ本人にも、仲間にも分かりません。今回の物語は、この未知の窓を前にして、くれあが自分の生き方を決める話だったと私は考えています。

え、名探偵なのに⁉

 まず、この答えに戸惑った人の気持ちは、よく分かります。前回、ウソノワールが「忘れられた種族」だと明かされたばかりで、しかも今回のサブタイトルは「くれあの答え」です。くれあの出自の謎にいよいよ答えが出る、と期待した人は多かったはずです。それなのに、くれあが出したのは「謎は謎のままでも」という答えでした。謎を解くことが仕事の名探偵が、謎を残したまま答えを出したのですから、引っかかりを覚えるのは自然なことです。

 ただ、ここで注目したいのは、作品自身がこの疑問を先に口にしていることです。くれあが答えを出した直後に、デッチ・アゲインは「それでは何の答えにもなっていない」「名探偵を名乗る者が、謎が謎のままでもいいと⁉ 答えが出なくてもいいと⁉」と食い下がります。視聴者が抱くであろう疑問を、作品は敵のセリフとして二度も言わせているのです。作品は、この反論が出ることを分かったうえで、くれあに答えを出させたのでしょう。

 では、作品が考える「答え」とは、何なのでしょうか。

本作の「答え」は二種類ある

 『名探偵プリキュア!』の公式サイトには、おうちのかたへ向けたメッセージがあります。そこには、本作のテーマは「自分で見て、感じて、考えて、“本当”の答えを出す」ことだと書かれています。さらに、周りに流されずに「自分でとことん考える」ことを大切にしてほしい、自分を見失わないように、意思をもって未来を切り開いていってほしい、とも書かれています。

 このテーマを踏まえて本作を見返すと、作中の「答え」には二つの種類があることに気づきます。

 一つ目は、事件の答えです。誰が、どうやって盗んだのか。あんなたちは毎回、足跡や証言の食い違いから、この答えを突き止めてきました。

 二つ目は、自分がどう生きるかという答えです。こちらは、証拠から導き出すものというより、自分で決めるものとして描かれてきました。その代表が、あんなの「一歩の勇気が答えになる」という言葉です。第1話で、迷うみくるに「悩んでるだけじゃ始まらないよ。一歩踏み出せば、答えはついてくる!」と声をかけたあんなは、第13話ではウソノワールに「わたしの答えは……わたしが出すんだ!」と言い返しました。そして第37話で、それが「お母さんに教えてもらった」言葉だと明かしています。あんなの言う「答え」は、謎を全て解いてから出すものではありません。分からない中で一歩を踏み出す勇気そのものが、あんなにとっての答えなのです。

 くれあの答えも、この二つ目の答えにあたると私は考えます。くれあが出したのは、「自分の力の由来は何か」という事件の答えではありません。「力の由来が分からない自分は、どう生きるのか」という、生き方の答えです。名探偵なのに謎を解かなかった、という戸惑いは、この二つの答えが重なって見えたことから来ているのではないでしょうか。

「謎は謎のまま」は、もともと敵の言葉だった

 もう一つ、見落とされがちな点があります。今回、「謎は謎のまま」という言葉を最初に口にするのは、くれあではありません。デッチ・アゲインです。

「自分の力も分からない。自分が何者かも知らない。誰も何も知らない。謎は謎のまま。君は独りぼっち」

 デッチ・アゲインは、くれあの未知の窓をちらつかせ、それを「独りぼっち」という言葉に結びつけました。自分のことが分からないと、人は不安になります。そして、その不安に答えをくれるような言葉に、引き込まれてしまうことがあります。デッチ・アゲインの言葉は、まさにその隙を突いたものでした。

 この言葉を真っ先に打ち消したのが、駆けつけたあんなの「ちがう! わたしたちがいる!」です。思い返せば、第6話であんなは、キュアアンサーとして戦いながら「この時代で、この世界で――独りぼっちなんだって……!」と打ち明けていました。1999年に一人で来てしまい、自分を独りぼっちだと感じていたあんなが、今度は同じ言葉で攻められたくれあに「ちがう」と言いに来たのです。かつてみくるに寄り添ってもらったあんなは、今回、寄り添う側に立っていました。第38話は、あんなの変化も描いていたのです。

 また、くれあの謎に急いで答えを出そうとした人物も、これまでにいました。森亜るるかです。第30話で、るるかは、瞳に星を持つ者が大王になるという言い伝えと「未來自由の書」の予言を根拠に、くれあのプリキュアの力と探偵の記憶を消そうとしました。それに対して、第31話でキュアアンサーは「自分で見つけた答えじゃない!」と言い返しています。

 テーマにある「周りに流されずに」とは、こういうことなのでしょう。分からないことがあるときに、外から差し出された答えに飛びつかない。くれあも、デッチ・アゲインが差し出した「独りぼっち」という答えを受け取りませんでした。

盲点の窓と、変わらなかった生き方

 では、くれあは何を根拠に、自分の答えを出したのでしょうか。くれあ自身が挙げている根拠は二つあります。一つは「自分の心が教えてくれた、きらめき」で、もう一つは「それを仲間たちが教えてくれた」という言葉です。

 このうち仲間の言葉は、ジョハリの窓でいう盲点の窓にあたります。キュアアンサーは「さびしくなった時、おいしいケーキを作ってくれた。元気をもらった!」と言い、キュアアルカナは「エクレールがいたから、わたしは今ここにいる」と言いました。くれあが人の心をどう救ってきたのかは、救われた側にしか分かりません。仲間がそれを言葉にしたことで、くれあは、自分では見えていなかった自分を知ったのです。

 ただし、仲間の言葉が、くれあの価値を決めたわけではありません。くれあが続けてきたことは、ちゃんと人に届いていた。仲間は、その事実をくれあに見せたのです。

 実際、くれあの肩書きや力は、物語の中で何度も変わってきました。探偵としての記憶は奪われ、第25話まで戻りませんでした。第27話では「正式には探偵じゃなかった」と打ち明け、第30話では突然「大王」だと言い渡され、第35話からは高校にも通っています。

 それでも、人の気持ちに寄り添い、笑顔にしようとするくれあの生き方は、記憶を失う前から変わっていません。記憶を失う前の探偵テストでは、真相に気づきながらも、壺を割ってしまった女の子をかばって言えずに、不合格になりました(第29話)。記憶を失っていた間も、元気のないあんなのために「その人が一番喜ぶケーキを導き出す」と言ってケーキを作り(第17話)、怪盗として現れたるるかには「いつもアイスを幸せそうに食べてくれる」と、自分が見てきたるるかの姿を伝えました(第23話)。

 くれあの本質は、持っていたり失ったりする肩書きや力の中にはありませんでした。記憶をなくしても続けてきた生き方そのものが、くれあの本質だったのです。だからこそ、くれあは「わたしは、探偵もパティシエも大王だって、わたしにとって心は一つ!」と言い切れたのだと思います。

 とはいえ、正直に言うと、この場面には物足りなさも残りました。キュアミスティックの言葉は「エクレールは、ウソノワールから助けてくれた! 勇気をもらった!」でした。これは、くれあがキュアエクレールとして復活した第26話で、全員が一緒に経験した出来事です。キュアアンサーのケーキや、キュアアルカナの「今ここにいる」のように、その人とくれあの間にしかない出来事ではありません。みくるとくれあの二人だけの関係は、まだあまり描かれていないのかもしれません。盲点の窓を埋める言葉が、もう一人分、具体的であってほしかった。この先、二人の関係がどう描かれるのかにも期待したいところです。

答えを「保留」することは、考えるのをやめることではない

 くれあの答えを、もう一度よく見てみます。

「たとえこの力の謎が、謎のままだったとしても……みんなを救う力になる! それが、わたしの答え!」

 このセリフは「たとえ……だったとしても」という仮定の形で言われています。くれあは、謎を解かなくていいと言ったわけではありません。自分の価値を、謎が解けるかどうかに預けないと決めたのです。謎の解明は、先に延ばされただけです。

 それがよく分かるのが、エピローグです。ブローチの光を前に、ジェット先輩が「あぁ〜もう! 謎は謎のままだ!」と頭を抱えると、くれあはこう返します。

「でも、リングのことだって、原理が分からなくても、事実が教えてくれる」

 続けて、るるかが「4つある宝石のうちの1つが光ってる。それが事実」と事実を挙げ、シュシュタンが「あと3つの宝石が光ったら、リングも抜けるかもしれないでシュ!」と考えをまとめます。答えを出したばかりのくれあ自身が、分からないことを、事実から考え直そうとしているのです。

 この考え方には、伏線もありました。今回のお話の中盤で、ジェット先輩はくれあに飛行機の話をしています。飛行機が飛ぶ根本的な仕組みは分かっているけれど、空気の動きを全て解き明かしたわけではない。それでも、飛行機は飛んで、みんなの笑顔を運ぶ。そして、ジェット先輩の「全ての謎は分からないし、この先も分からないかもしれない。それでも――」に続けて、「郁恵さんと夢を、パリまで運ぶ」と言ったのは、くれあ自身でした。

 分からないことがあっても、確かな事実から考え、できることをする。くれあの答えは、名探偵の考え方を捨てたものではありません。その考え方を、自分自身に向けたものだったのです。

 さらに、この答えに応えるように、スターキラリングブローチの宝石の一つが光りました。このブローチは第29話で、まふる所長が「もし抜くことができれば、真の名探偵として認められたことになる」と語ったものです。真の名探偵の証が応えたのですから、作品はくれあの答えを、名探偵への一歩として描いていると言えるでしょう。出自の謎は、残り3つの宝石と、デッチ・アゲインがつぶやいた予言の「4つの光」として、この先に持ち越されました。

「謎がない人間なんていない」。それでも

 あなたは、自分の全てを知っていますか?

 きっと、全てを知っている人はいません。くれあも、あんなも、私たちも、未知の窓を抱えて生きています。それでも、自分がどう生きてきたか、これからどう生きるかという答えは、謎が解けるのを待たずに、自分で出すことができます。くれあの答えは、テーマの「自分で見て、感じて、考えて、“本当”の答えを出す」のうち、「感じて」と、自分を見失わないための「意思」を、まっすぐに描いたものだったと私は考えます。

 謎がない人間なんていない。それでも、自分の生き方という答えまで見失う必要はないのです。

 さて、次回は『おジャ魔女どれみ』とのコラボ回「おジャ魔女なハロウィン♪」です。公式サイトによると、あんなたちが過ごす1999年のまことみらい市でも『おジャ魔女どれみ』が放送されていて、キュアット探偵事務所の4人が魔女見習いに仮装するそうです。『おジャ魔女どれみ』は、本作の舞台と同じ1999年に放送が始まった作品です。1999年を生きるあんなたちと、どんなふうに重なるのでしょうか。残る宝石の謎とあわせて、楽しみに待ちたいと思います。これからもキュアット解決!

スタッフ

役職担当
脚本佐藤 大さん
演出岩井隆央さん
作画監督爲我井克美さん、赤田信人さん
美術小林亮太さん
絵コンテ佐々木憲世さん

これからの予定